「元桔梗部隊所属、宮城 陸さん、ね」
特殊機械作成室室長、西園 守は資料から目を離すと、紫のセーラー服を着た少女に目を移した。髪は短く刈り込んでいて、指先や露出した肌には生傷が少なからずある。自分より任された作業を優先するタイプのようだ。
西園は無精髭が伸びた顎を撫でると、ここに配属された理由は聞いてるか、と問うた。陸は、いいえ、と答える。
「でも理由はわかります」
「何?」
「暇な時に作ったEMP(※1)が誤作動を起こして配属先に少なからぬ被害を与えたので、それに対する懲戒異動かと」
「……なるほどなるほど。その歳でEMPを作ることができるとは、大したものだ。その才能を買われたんだな」
「……懲戒異動ではないんですか?」
「うん。君はこの国の今後を大きく左右する、ある機器の開発計画に参加してもらう。これは上層部の決定でね。すまないが、君に拒否権はない」
「私は化学者ではないですよ?」
「いやいや、化学者は足りているんだ。そろそろ研究を次の段階に進めようと思っていてね。開発する側、技術屋として参加してもらいたい。まあ最初は資金や期間は気にしないで、好きに作業をしてもらって結構だ」
「……わかりました。閑職に回されるよりはましでしょう」
「いいね、適応が早い。では、まず質問だ。物質は何で構成されている?」
最初に問われたのは、至極基本的なことだった。陸は正直に、元素です、と答えた。
「では元素は何で構成されている?」
「原子の集合体です」
「では原子は何で構成されている?」
「原子核と、その周囲を回っている電子です」
「その通り。では元素の性質を決定するのは何だ?」
「配置された電子の違いです」
素晴らしい、正解だ、と言って、西園は手を叩いた。
「我々の目的は、簡単に言うなら、物質を作り変える機器の開発だ」
「物質を作り変える……?」
「そう。物質を原子の一つ一つにまで分解し、それらの原子の性質を、別の性質に変換することで、この国の資源不足の問題を解決するんだよ。廃棄された不要物を有用物に変換する。素晴らしいリサイクルじゃないか」
「……まるで、錬金術ですね」
「まさに、錬金術の復活さ。だから、気分転換に友人知人に会うのは構わないが、ここでしていることは他言無用だ。話に尾ひれがついて、非科学的な噂が広まったら、ここの存続が危ういからね」
「わかりました」
「うん。じゃあ、今から計画に参加してもらうことになるんだけど、まずはこれまでの研究と開発の記録全てに目を通してもらおうか。山のように積んであるから、覚悟してね」
五ヶ月後。
「失礼します」
入室した陸の目の前には、書籍や書類の海の中で、狐饂飩をすする室長がいた。
「今日は起きて大丈夫なのか?」
この五ヶ月の間、彼女は作業に集中し過ぎて何度も過労で倒れたのだ。今日も撫子の一人が介助役として同行している。
「はい。試作品の設計図ができたので、持ってきました」
丸められた設計図を受け取ると、西園はそれを無造作に広げた。
「……こりゃまた、随分と規模が大きいプラズマ発生装置(※2)だな」
「電子観測誘導理論(※3)による原子核周囲への電子の構築に用いるための専用コンピュータの、適切な配置場所も設けてありますから」
「さすがだな。わずか五ヶ月で設計できたとは。いや、寝込んだ期間を除けば五ヶ月かからず、か。君の力を疑うわけではないが、補強をするために、さっそく部下と検証しよう。それで問題が出なければ、上層部に報告だ。建造の段階になったら君が必要になるから、しばらく休んで鋭気を養ってくれ。お疲れ様」
そう言って、西園が陸の肩を叩くと、彼女の体は崩れ落ちた。慌てて二人は彼女に駆け寄る。
陸は、子供のように幸せそうな顔で、眠っていた。
この国の資源を生み出す元素組成機、通称「アルケミー」の構想が誕生した瞬間であった――。
※1……簡単に言うなら「電子機器破壊装置」。物理的な破壊力は弱いが、爆薬の持つ化学的エネルギーを電気エネルギーに変換することで強力な電磁パルスを発生させて、電子機器の半導体や電子回路に致命的なダメージを与えることができる装置。
※2……一般的に、低温には限界があるが高温には限界がない。そのため、理論上どんな物質も加熱し続ければ燃え尽きて気体(結合力が弱い分子の集合体)となる。それを更に加熱すると、真空中を漂っている分子は結合状態を保てなくなり、原子の状態にまで分かれる(分子崩壊)。1万〜数万℃になると、ほとんどの分子が崩壊する。更に10万℃まで上がると、電子が原子から外れて自由に飛び回るようになる(電離)。この電子を「荷電粒子」と呼び、この荷電粒子を含む気体を「プラズマ」と呼ぶ。ちなみにこの装置は、規模が小さいものなら自作が可能である(主に必要なものはホームセンターで調達可能)。
※3……存在しない架空の理論。観測した時点で電子の位置が決定するという、量子論における「電子の干渉」から着想を得た。