「黒百合試用計画017号、敵小隊襲撃作戦の結果です」

 初老の男が老人に分厚い封筒を渡した。

「黒百合計画……支援部隊白百合の一部を襲撃部隊とする計画、だったか」

「はい。作戦遂行時間、能力、正確性、作戦後の精神状態等、全て及第点です。詳細はこちらのレポートに」

「ん」

 柔和そうな老人は老眼鏡をつけると、渡された書類に目を通し始める。

「……本来、白百合は戦災を受けた国民の救助と都市の復興、敵部隊に対する防衛戦闘を目的とした、専守防衛に徹するべき支援部隊。だからこそ国民の支持は高く、死亡することもある強化試験に志願する者も後を絶たない」

「しかし、あの強化された身体を防衛と復興だけでなく、先制攻撃に利用しない手はありません」

「わかっているよ。……しかし」

 そこで老人は深い溜息をついた。

「運良く死なずに強化が完了した白百合たちは、五感の鋭敏化、怪力、身体の頑強さと俊敏さ、常人離れした治癒能力を手に入れた。逆にそれらの能力は全ての細胞を無理矢理酷使するものであり、毎日充分な栄養やミネラルを必要量摂取しても、彼女たちの寿命は三十を越えることはない……。命短し戦え乙女、か」

 初老の男は何も言わない。

「あの大戦以降続いている女性の人口増加を、このような形で減らさなければならないというのは、正直つらい。早く戦いを終わらせて、平和的に人口の調整ができる国にせんとな」

「はっ。そのお考えには同意いたします」

 

「なあ坊ちゃん。全部取るとは言ってねえんだよ。全部とは言いませんので、お金を恵んでください、って頼んでるんだよ」

 五人の若い男女が、見た目十四、五歳の男子を路地裏に引き込んで募金を頼んでいる、と言えば聞こえはいいが、要は恐喝である。男子はこういう場に馴染みがないのだろう、ひどく怯えて何も答えられない。

「ダメだね。怯えちゃって会話ができない」

 長髪の女が大げさに肩をすくめる。

「仕方ねえ。面倒だが、身ぐるみ剥ぐしかねえか」

 黒眼鏡の男がそう言うと、いきなり男子の首を掴んで壁に叩きつけ、もう片方の手で鼻をつまんだ。

「おい、コイツの口を開けて、中に布切れ突っ込め」

 長髪の女が男子の口を掴み、無理矢理に口を開かせて中にハンカチを突っ込んだ。

「うし。それじゃあ――」

 

 たたたたたたたたたたたたたたた、たっ。

 

 その場にいた全員が、駆け足が聞こえた、と思ったときには、黒眼鏡の男は吹き飛ばされていた。男は数秒宙に浮いた後、ごろごろごろごろ、と地面の上を数回回転してからやっと安らぐことができた。

 その様を見終えてから、全員が反対側を見る。

 

 片足を上げた、セーラー服の少女がいた。

 

 少女はゆっくりと足を下ろす。髪は長めのショート。不敵な笑顔には、右半面にわたる大きな刀傷があった。

 恐喝者たちは既に戦意を喪失していた。大の男を一蹴りで吹き飛ばすなんてことは、普通の少女にはできないからだ。我先にと逃げ出す。

 少女は、えー、逃げるのー、と、とても残念がった。しかし。

「でも、逃がさない」

 言ったかと思うと、素早い動きで一人一人を壁に叩きつけて意識を失わせる。ほんの数秒で終わった。

 ふう、と一息つくと、少女は五人の襟首を掴み、警察に行くから一緒に来なさい、と男子に声をかけた。

 呆然としていた男子は声をかけられて、びくっ、と一瞬身を震わせたが、あ、ありがとうございます、と自分の口から無理矢理にお礼の言葉を引きずり出した。

沖南(おきなみ)せんぱーい。もう終わりましたー?」

 女性の後方、路地裏の向こうから、誰かが女性に声をかけた。男子がそちらに目を向けると、女性と同じセーラー服を着た女性が五人いた。だがスカーフの色が違う。男子を助けた女性のスカーフの色は赤、向こうの女性たちのスカーフの色は二人が緑、三人が青だった。

「んー、終わったー。これからこいつらを警察に突き出してくるからさ、先に買出しを済ませていてよ」

「はーい」

 返事をすると、女性たちは姿を消した。

「あ、あの」

「んん?」

「何で、助けてくれたんですか?」

 その問いに少女は。

「あん? 理由がないと助けちゃいかんのか、コラ」

 しかめ面で凄む。その顔に、ひっ、と怯える男子。

「おっと、ごめん」

 少女は謝ると男子の頭を、くしゃくしゃ、と撫でた。そして。

 

「アタシは白百合部隊の沖南(おきなみ) 和海(かずみ)。気に入らないヤツは問答無用でぶっ飛ばし、助けたいヤツは問答無用で助けるのさ」

 

 そう言って、にっ、と笑った。