……薄く明かりを灯す電灯を中心にして、勤務明けの兵士たちが車座になってポーカーに興じている。
「はい、ストレート」
「ダメだ、ツーペア」
「私も」
「スリーカード」
「……」
黙って投げ捨てた手札は、ワンペアだった。
「へっへっへ」
ストレートを出した兵士――アニーが掛け金を回収する。
「もう一勝負だ」
そう言ってツーペアの兵士――ビリーはカードを回収して混ぜ始めた。
「私は降りるわ。そろそろ家族に手紙を書かなきゃいけないの」
同じくツーペア――カリーは官給品のパイプ(※1)を咥えて自分の寝床に移った。
「俺ももうやめとくわ」
スリーカードの兵士――デーブも自分の寝床に移動する。
「エディ。あんたはどーすんの?」
アニーがワンペアの彼に訊ねた。
「ちょっと外に出て、体をほぐしてくるわ。そうするとよく眠れるんでね」
んー、と体を伸ばすと、外に出て行った。
夜風が心地よい。携帯プレーヤーを取り出し、イヤホンを耳にはめて再生ボタンを押す。流れ出した軽快なダンス・ミュージックのリズムに合わせて体を揺らしながら、エディは宿営地内を散歩した。
散歩をしているうちに、エディは違和感を感じた。具体的に、どんな、とは言えないのだが、とにかく違和感だ。
ここら一帯は戦地だ。非日常の世界なんだから違和感バリバリなのは当たり前だ。それは分かっている。分かっていはいるのだが、それとは別の違和感を感じるのだ。その違和感を具体的にしようとしながら歩いていると。
「……ん?」
何かデカブツが転がっている。確認するためにイヤホンを外して慎重に近づいていく。それと共に、さっきから感じている違和感が強くなり、そしてやっと違和感の正体がわかった。
キャタピラとモーターの音が聴こえていない。
転がっていたのは無人偵察機(※2)だった。設定した範囲外から何かが接近してきたら、けたたましい警報で報せてくれるソイツには、何か短い槍(※3)のようなものが複数突き刺さっていた。
「これは……」
出ている部位に推進部がない。焦げさえない。つまりロケットや火薬で飛ばされたのではない、ということだ。それを条件とした上で、コイツには動体センサーと赤外線センサーがついているのだが、それが反応する前に攻撃を受けた。そんなことが可能なのか。
自然と、ある噂を、思い出した。
同時に、彼の心臓を、先程とは別の槍が貫いた。
迸る大量の出血により意識を失う直前、エディの脳内にはあの噂のことしかなかった。
「Nin……ja…………」
「ニンジャ? 何それ」
カリーがデーブに訊ねた。
「昔この国にいた特殊部隊さ。スパイ行為にゲリラ作戦、とにかく特殊な作戦には必ず参加していたとされていたみたいだよ」
「それが今、極秘裏に活動しているって?」
「そう。上は無用の混乱を避けるために隠しているけど、人の口に戸は立てられない」
「でも噂なんでしょう?」
「火の無い所に煙は立たぬ、と言うぜ?」
「どうせ根拠のない噂よ。いえ、根拠はこの国ね。ここに来たから、明らかな嘘に無駄な真実味が加わったのよ。敵部隊が来ても、ちゃんと偵察機が教えてくれるから大丈夫よ」
「二枚、チェンジだ」
ビリーは手札から二枚捨てて、山から二枚取った。
「OK、これであなたが勝ったら、私の胸を揉ませてあげるわ」
「んな権利いらねえよ。手前の貧乳揉んだって興奮なんかしねぇよ」
「む。貧乳かどうか、確かめてみる?」
アニーが服の裾を握った。その時、テントの布が裂けて黒い影が侵入した、と四人の脳が認識したときには、既に彼らの頸動脈は切断されていた(※4)。
黒い影は複数いた。影たちは血を被らないように、入ったときと同様に素早く外に出ると、宿営地の中心に移動した。そこにはもう一人、影がいた。
「姉様。制圧、完了しました」
影の一人が報告する。姉様、と呼ばれた影が覆面を取った。
美少女だった。
首に巻いていたおさげもほどいて垂らす。
「全員、覆面を取って」
姉様の命に従って、影たちも覆面を取る。彼らもまた少女だった。ただ姉様より幾分年下に見える。
「黙祷」
彼女たちはしばし目を瞑り、頭を垂れた。一分ほど経っただろうか。姉様が頭を上げると他の少女たちもそれに倣う。そして姉様は次の指示を出した。
「本部に渡せそうなものは回収して、残りはテルミット(※5)を仕掛けて火をつけて。識別札(※6)は取って見つけやすいようにしておきなさい。引火を確認したらすぐに撤収します」
その後、捜索部隊がその場で見つけたのは、多くの消し炭と、識別札の山だった――。
※1……現実でも禁煙用のパイプがあるが、ここでは中に高揚した精神を落ち着かせる合法薬物が仕込まれている。だが実は咥える行為自体にも心理的に緊張をほぐす効果がある。
※2……無人兵器の類は現在既に複数の分野で実用段階まで進んでいる。だが無人兵器が戦場で主流になったとしても、メンテナンスや現場確保などのために、未来の戦場でも必ず生身の人間がその場にいるだろう、と私は想定する。
※3投擲用の槍として、打根や手突矢という武器が存在する。
※4……頸動脈は脳に血液を送る動脈。ここを切断されると脳に血液がいかなくなって短時間に意識を失い、失血死する。殺す行為自体人道的ではないが、頸動脈切断は人道的な殺人と言えなくもない。
※5……マグネシウム、アルミニウム、酸化鉄などの金属粒の混合物。引火すれば三千度まで上がって大抵の物は灰になる。今回の場合、死体隠匿のためではなく損傷部位を研究されることで彼女達の能力を分析されることを防ぐためだが、死体だけを燃やしたのでは目的が容易に判明してしまうために、偽装としてなるべくその他の物も燃やすことにしている。
※6……戦中に個人を特定するもの。個人の生存が絶望視されている場合、本人の遺体がなくても識別札が発見されればとりあえず死亡扱いとなる。