(冒頭:やよい・伊織・春香・高木) 「諸君、仕事だ」 高木社長の持ってくる仕事にはろくな思い出がない。 だから三人ともダンマリを決め込むことにした。 「………………」 高木順一朗54歳、捨て犬の目には定評がある。 きもちわるいので、やめてほしい。 気の短い伊織がまっさきに降参した。 「で、今度はどこの温泉宿で歌えばいいの」 「宇宙だ」 ああ社長、とうとう。 お大事に。 かわいそうな中年はしかし、生温かい視線をものともせず演説を始めた。 中年は面の皮が厚いのだ。 「時代は宇宙だよ、宇宙。  人類の壮大なるロマンだ。  新世紀の先駆けになりたいとは思わんかね」 なんのこっちゃ。 「仕事の話だよ。宇宙へ飛んでもらいたい」 そっかー、宇宙かー。 「えええーっ!?」 これは、今より少しだけ未来、来るべき大航海時代より少しだけ過去の物語。 そして、のちに銀河に名を轟かせる、小さな女の子の物語。 ……の、予定である。 「今や宇宙開拓は国家の専売特許ではない。  私企業もロケットに手が届く時代が来たのだ」 そう、誰もがニュースで知っている。 「これは早い者勝ちのゴールドラッシュだ。  先手をとった者が新時代を制する。  どうだ、燃えてきただろう」 落ち着け、54歳。 百歩譲ってロマンとやらは認めてもいい。 しかし、芸能事務所が宇宙開拓に転身するのは、なんぼなんでも無理がある。 「まあ、聞きたまえ」 ………………。 はあ、宇宙開拓企業と、提携。 「諸君らも晴れて宇宙飛行士というわけだ、はっはっは」 あのー、私たち腐ってもアイドルなんですけどー、みたいなー? 「その通り」 優しい優しい伊織ちゃんは、一応最後まで相手をしてあげることにした。 感謝しなさいよね、ふんっ。 「飛行士が必要なら、空自あたりからかっさらってくりゃいいじゃない。  どうトチ狂ったらうちに話が来るわけ?」 「ふっふっふ、広告塔だよ」 ふむ? ああ、なるほど。 なあんだ、そういうことか。 「飛行士に扮して企業のCMに出演ってところね?  社長にしては気のきいた洒落だったじゃない!」 ンモー、社長ったらまたじらすんだから。 前衛を伊織に任せて地蔵のフリとしゃれ込んでいた春香とやよいも、 事ここに至りようやっと石ころ帽子を脱いだ。 「宇宙服とか着られるんですか、楽しみですね!」 「宇宙食にも、もやしはあるんでしょーかっ」 「うむ、まあCMへの出演も役割の一つには違いない」 「………………」 まさか、本当に。 「飛んでもらう、と言ったろう」 どうやら、そういうことらしい。 さて、宇宙飛行士と言えば、ライトスタッフの代名詞である。 すぐれた資質を備え、なおたゆまぬ努力を重ねた精鋭にのみ許される最高の栄誉。 知力、体力、時の運。 判断力、決断力、忍耐力、協調性、そして何よりも速さ。 うん、確かそんな感じだったと思う。 このまえNHKで見た。 「この仕事は高槻君に頼みたい」 よりにもよって一番向いていないのを。 「先方のたってのご指名でね」 「どうして、やよいなんですか」 「天海君、体重はいくつかね」 「44kgです」 うそつけ。 ノータイムでサバを読んだ春香に、伊織が軽くローを入れる。 でもその図々しさ、嫌いじゃないぜ。